《このシリーズは、佐々木店長が広告代理店に入社して間もない頃の制作作品をご紹介する記事です。今から見ると、センスといいテクニックといい若いですが、その意味で“青い”と表現しています。》
今回は広告作品ではありませんが、懐かしい写真を見つけました。当時(1980年代)、入社してから3年ほどのクリエイティブ系新人は、朝日新聞や毎日新聞などが毎年開催する広告賞に応募することが義務づけられていて、年末年始は結構その作業で大わらわだったものです。
この写真(画像①)は、確か1983年の朝日広告賞の一般部門に応募した広告用に撮影したものだと記憶しています。一般部門は、実際に掲載された広告主部門作品と違い、自作したオリジナル作品で応募します。想定したクライアントは電電公社(現在のNTT)で、完成原稿はおろか、もはや撮影してくれたカメラマンも、一緒に組んだコピーライターも覚えていません(ごめんなさい)。たまには故郷に電話しましょうね、というコンセプトで、上京した若者が夜に、故郷の母親に電話をかけるというシーンだったと思います。
応募〆切が1月末なので、撮影は冬の夜。モデルは若き日の佐々木店長(自分)です。場所は新宿。背景に見える、都会を象徴する高層ビル2棟は、右が出来てまだ10年ほどの新宿住友ビル(通称三角ビル)、左は多分三井ビルか野村ビル。この位置関係から推定すると、撮影場所は西新宿の東京医科大学病院近辺ではないかと思われます。
いやはや、1980年代初頭は、まだ新宿にもこんな裏路地があったんですね。手前の古びたビルといい、よくこんな寂しい処で夜にロケしたものです。あの狂乱のバブル時代が到来する数年前の、ある意味平和な時代でした。
この写真をよく見ると、左の建物の2階に「再開発絶対反対」と書いた看板がうっすらと見えます。前述の医科大学病院の完成が1986年ですから、ひょっとしてまさにこの場所だったかもしれません。この風景の佇まいも風前の灯火だったというわけで、時代の変わり目を移した1枚だったと言えるでしょうか(自己納得)。
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